第七章 運命の恋人(2)
軋むベッドの上で目を覚ます。部屋の隅に置かれた石油ストーブをつける。ギンガムチェックのカーテンを開け、再びベッドにもぐりこむ。
布団に包まり、窓から差し込む白い朝の光を頭上に受ける。マドカは布団から顔を出し、ふと窓の外を見上げた。
粉雪が舞う灰色の空。曇りガラスのずっと向こうには生い茂った針葉樹林が微かに見えていた。ここはマドカの生まれ育った町だ。
部屋の中をぐるりと見渡す。学習机に小さなテーブル、２つ並んだカラーボックスの中には懐かしい本や漫画の背表紙が見えている。
「いつもこんなに早く起きてるの？」「ううん、いつもはまだ寝てる時間だけど、今日は特別ね。マドカちゃんが帰ってるから」彼女は笑顔で答えると、シンクの上に水切りしてあった野菜を器に盛り付けはじめた。マドカはリビングのソファに座り、リモコンでテレビのチャンネルをまわした。朝のニュースはどこも同じようなものばかりだ。退屈しのぎになりそうな芸能ニュースにチャンネルを合わせる。週間アルバムチャート。『モーニング?チャンネルをご覧のみなさん、おはようございます。ラ?ヴォワ?ラクテでーす』画面に映るラクテのメンバー。そして、ロランの笑顔――。録画だと分かっていても、画面の向こうにロランが佇んでいるような感覚に襲われる。マドカは瞼をこすり、吸い込まれるように画面に集中していた。５週連続でアルバムチャートの首位を独占するラクテのショートインタビュー。タツを中心に、メンバーひとりひとりの短いコメントがオンエアされていた。マドカはブラウン管を見つめ、そこにいるロランと彼の父親が残した絵のことを考えた。数年ぶりに自分の部屋を訪れた不思議な違和感に、マドカの体は押しつぶされてしまいそうだった。何も変わってはいない――。ニクソン 時計幼いマドカの複雑な形をしたさまざまな想いがこの部屋には密集していた。リビングのほうからぱたぱたという足音が聞こえてくる。朝食を準備する軽やかな音がキッチンから響いた。まな板の上で何かを切る包丁の音。油を敷いたフライパンのじゅうっという音。何もかもが懐かしい。マドカは起き上がると、傍に脱ぎ捨てたスリッパを履いて部屋を出た。「まだ寝てればよかったのに。こんなに早く起きて」母はテーブルに皿を並べていた。リビングのソファに無造作に置いてあったカーディガンをパジャマの上に羽織り、マドカは彼女の後姿を眺める。関連記事：
