『彼』は見えない壁にかじりついている日紅に一歩寄った。「俺は死ねない。死ぬことができない。自らこの身を傷つけ殺めることもできない」
「う、ん…」「けれど、たったひとつだけ、俺の命を終わらせることができる方法がある」 日紅は『彼』を見た。『彼』は、何を、何を言おうとしているのだろう。
ど、くんと日紅の心臓が脈打った。 『彼』が顔を寄せてくる。見えない壁越し、目と鼻の先に『彼』の顔がある。
「俺の真名を知るものが、ただ俺に触れればいい」 日紅は一瞬でその意味を悟り、震えた。慌てて『彼』から離れようと手をついた壁が、日紅がぶつかっても今までびくともしなかった壁が、ほろりと光と化して崩れた。
日紅の声が途切れた。『彼』の腕がきつく日紅を抱きしめる。 なに、え、いま、え…? 『彼』の顔がゆっくりと離れた。重なった唇は、冷たいのにどこか熱い…。「おまえのことなんか、嫌いだ」 いつも聞いていたその言葉。けれど裏腹に『彼』の唇から頬笑みは消えない。その指が、茫然とする日紅の涙を拭う仕草も優しい。「ああ、こうなるのか」 落ちついた『彼』の目線を追って日紅は息がとまった。日紅の頬に触れていた指先が、消えていた。空気にとけるように、静かにゆるゆると『彼』は消えていた。「巫哉!」 日紅は掠れ声で叫んだ。夢ならいい、これが。日紅は願った。だってついさっきまで、いつものように笑い合っていたのだ。 日紅に真名を思い出させたのは、こうするため?真名を思い出したら『彼』が帰ってきてくれると、日紅は必死で考えていたのに。 そのまま日紅はつんのめったように『彼』の腕の中へ倒れこんだ。 冷たい『彼』の腕。紛れもなく、今日紅は『彼』に触れていた。ドルチェアンドガッバーナ 腕時計「いやーーーーーーーーーーーーーーー!離して、離して、離して!」 日紅は混乱して暴れた。それをおさえて『彼』は日紅の背に腕をまわし抱きしめる。「もう遅い」 残酷な言葉が『彼』の唇からおちた。日紅はわけがわからないまま、『彼』を見上げた。いつの間にか溢れ出た涙で日紅の顔はぐしゃぐしゃだった。「巫哉、巫哉…嘘だよね?あたしをからかってるんだよね?あたしが触っても巫哉、ほら、生きてる、もんね?嘘でしょ?そんなことないよね?」 『彼』は肯定も否定もせずにただ笑っていた。日紅は現実についていけなくて震えながら首を振った。「嘘、嘘、嘘!嘘だ、巫哉は死なないんだよ、そうでしょ、そうといってよ!巫哉の馬鹿!ばか!お願いだから何か言っ」関連記事:
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