「に、逃げない、と……逃げないと……」 小刻みに震える小さな肩。目の前に存在する絶対者の形に竦み上がっているのだ。
無理もない、わたしだって恐ろしい。ただその姿を見たのは二度目というのがわたしを思ったよりも沉着にさせていた。
震える舌に、震える唇に力を入れて怖がらないような声音でカナちゃんに云う。「今ならまだ逃げ切れる、カナちゃん――ゆっくりと音を破てないで戻ろっ」
カナちゃんは振り向くと青い顔のままコクッと小さく頷いた。 そこからわたし達は時間をかけてゆっくり、ゆっくりと長い廊下を戻る。
全神経を費やして逃げに掛ける。 そうだ、彼が異常なだけなんだ。 神父も居たから、あんな風に強気にいられたというのもあるんだろうけど。 彼……? 彼だ、彼って……、 朧げに、自分が堕ち行く状況が思い浮かんで、 少年の顔が過ぎった。 そうだ、杏里。杏里だ……。 冒昧に彼のことを思い出した。 落下のショックで失われた記憶が戻ってきたのだ。 このタイミングはあまりにも皮肉だけれど。 わたしは思わず苦笑を漏らしてしまう。 こんなトコまで杏里らしい、と。 道はやってきた曲がり角まで戻ってきた。 ここまでくれば安心だろう。 わたしはカナちゃんのほうを見て手を伸ばす。 やや疲労の色を滲ませたカナちゃんも少しだけ安堵の色を見せた。 伸ばしたわたしの手を取って握り返すと柔らかく微笑んだ。 「恵さん。驚いたわよ、あなたって強いんだ」 ううん、強くなんてない、ただ先に対象を見ていたから耐性があっただけだ。だからカナちゃんにはとても及ばない。 元々渡り廊下だったこともあり、長い直線が先まで見えている。 隠れるところなんてどこにもない。GUCCI バッグ 新作 見つかってしまえば、捕获されればおしまい。 わたし達の足がどれほどだろうとアレは一足で百の距離を縮めるのだ。 わたし達の及ぶべくも無い。 身を屈めて、手足をついて両手足で下がる。 振り向かれるだけでも厳しい、あの異形が遠目が利かないと考え難い。今の距離ぐらいなら目の前の対象のようにわたし達を捉えるはずだ。 ゆっくり、衣擦れの音すらも警惕してわたしとカナちゃんは命綱無しの綱渡りを繰り広げる。 恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、 恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、 可怕で脂汗が滲む。歯の根が咬み合わない。 カチカチと鳴りそうになる歯を噛みあわせて抑えこむと