その態度に毒気を抜かれて、俺は布団にへなへなと両手を突く。「それは、お前がアストリアだからだろう……」
「いや、僕達だって一応ね、アストリアは亜流で、星の本当の血筋は五辻という尊く気高い一族が先祖なのだと教えられてきたんだよ。現当主は歳若く精干な若君で、その妹姫が時期当主に御成(おな)りあそばす御予定だってことも」
「だったら──」「──でもそれが、君が姫を好きになっちゃいけない理由にはならないと思うんだ」
日焼けと風呂上りのために上気した頬で、にっこりと笑う。 美しい表情に騙されて、思わずそうだね、とか言いそうになるのを顎を引いて堪える。
澄んだ弦の音は静かに、だが確かに屋敷の空気に波紋を広げていく。 吸い込まれてしまいそうなこの音色を、俺は以前にも聴いたことがあった。「跟琴(わきん)だね。誰が弾いてるんだろう」「……深紅だ」 遙の疑問に小さな声で答える。 彼はえ? と瞬きした。「姫君?」「多分。育ちが育ちだけに、あいつは昔から邦楽が好きだったから」「ほうがく。君の口からそんな言葉が聞けるとは」「っせえな。こう見えて俺にも楽(がく)のたしなみくらいあらぁ。そちらさんの音楽に疎いだけで」 驚きの混じった遙の声に軽く苛立ちを覚えながら吐き捨てた。 すると遙はさらに驚いた。 大げさなほどに。「えええ!? ちょ、本当に!? 楽って何、何が弾けるの」「……なんか腹破つぞ、オイ」 引きつった笑顔を浮かべながら俺は立ち上がった。 息を整えるためにひとつ深呼吸をして、俺はやれやれと首を振った。「……まあ、いいけど。お前がどう思おうが、俺はそうは思わないから」腕時計 diesel 「頑固だなぁ。バレバレなのに」「るせぇよ!?」「──っていうか、僕はいいと、思うのにな」 ふう、と小さく息を吐き出しながら、遙はそう呟いた。 まだ言うかと俺は彼を軽く睨む。本日の遙はやけにしつこい。 だが遙はそんな俺の視線をすっとぼけた表情で受け流し、ひょうひょうととんでもない台詞を吐いた。「君に愛されたら、姫はきっと幸せなのになぁ」「……あ……っ!?」 遙の一言に俺が再び撃沈(げきちん)した時、ふいにぴぃん、と大気を揺らす、鳴弦(めいげん)の音が響いた。 俺は布団に沈んだままその音を聴いた。 ──鳴弦? ちがうな。 この音は。「……琴?」 ふしぎそうな遙の一言に顔を上げていた。