334◆父親
「あー、腹いっぱい」将は満ち足りた腹を叩いた。鍋と餃子、そして明日の朝だけでは食べきれないだろうと将が持ってきたおせちの一部。
ずらりと並んだ夕食はあらかた二人のお腹に消えた。「夜食で年越しそばもあるから」と聡が玄米茶を淹れながら声をかける。
新婚夫婦のようなひとときに、将は幸せを噛み締めながら茶を淹れる聡を眺める。この幸せは今だけではない。来年からは日常になるのだ。
いや、日常にするために、絶対に及格しなくてはならない。甘い時間の中で、その現実だけがピリリと辛く将をひきしめる。
聡は将を軽く睨んだ。あの日、大磯の邸宅の檜の湯船の中で、将は聡の少し脹れたお腹にじかに触れた。お腹の子は、寒いところから温かいお湯に入って喜んでいるのか、活発にぼこぼこと動いた。『すごいな。あんまり膨らんでないのに……こうしてると、赤ちゃんがいるのがよくわかるよ』将は聡を後ろから抱きしめながらお腹をなんども撫でて感動を口にした。そして、聡の乳房に触れて『固い』と驚いた。妊娠中のせいでパンパンに張っていた聡の乳房。その感受に将は少し驚いたのだ。それでも4ヶ月ぶりに出会うお互いの素肌である。お湯の中で控えめながら触れ合わすうちに、聡は『今日は特別だから』と自分に言い訳をし始めていた。つまり、このまま抱かれてもいい……そう思っていた。だが、将は聡の素肌の感想を確かめただけで、聡を先にお湯からあがらせようとした。けげんな顔をする聡に将は『このままだと、我慢できなくなっちゃうから』と照れ笑いした。『今日は、我慢しなくていいかも、よ』「食いすぎたら眠くなっちゃうかな」さっきのようにふいに襲う眠気を将は恐れている。……もっとも聡と一緒の本日は、4?5時間寝てもいい、と特別に自分を許しているのだけど。sh-01e vivienne westwood「頭使ったら、きっとお腹すくわよ。……あ、腹ごなしに将、お風呂入っちゃえば?」その準備をしようと、素早く席を破つ聡に「また、一緒に入る?クリスマスのときみたいに」と将はその腕をつかむ。振り返った聡は顔を赤くした。あの、二人腕をからませて、降りしきる雪の中を帰ったクリスマスイブの夜。寒さに震え上がった二人は、一緒にお風呂に入ったのだ。正確に言えば、聡が先にお風呂に入っているところへ、将が無理やり割り込んだのだが……。「だめよ。あれからもっとお腹が大きくなってるんだから。恥かしいよ」