「本当ね、ユーグ。聞きましてよ。わたくしはこの耳でしかと聞きましてよ。お見合いに来て下さった娘さんから、お付き合いする方を選ぶと。ねぇ、セバスチャン!」「はい、奥様。この老いた耳にもしかと聞こえましたぞ」 影のようにひかえていたセバスチャンが重々しくうなずいた。 あせったのはユーグである。
「……待ってください、母上。すると言ったのは付き合うフリだけです。それに、見合いに来た娘から選んでは、結婚を進めるのと同義とみなされてしまうではないですか」「まああああ! 騎士ともあろうものが、一度言った言葉を違えるというのですか! そんな情けない人間に育てた覚えはありませんことよ!」
「いや、だから言っておりま……」「坊ちゃま! 爺は……爺は、悲しいですぞ!」「お前までか! セバスチャン!」 なんだかだんだんメロドラマの様相を呈してきた。 セバスチャンにまで裏切られたユーグは、孤立無援なまま戦っても埒が明かないと諦めた。こうなったら、とりあえずこの場は従っておき、割合に常識人な父に応援を請おう。
そうしよう、と決めるとユーグはがっくりとうなずいた。「…………分かりました。今日会った娘の内、一人としばらく付き合います。……ですが、結婚を了承したわけではありませんよ」 地獄の底から響いて来るような、うらめしい声である。 対する母親の声は、天界の小鳥のように軽やかだった。「そうそう、一度言った言葉は守らなくてはね、ユーグ。……あらまぁ大変、ずいぶんと時間が過ぎてしまったわ。お見合いを再開しなくては。セバスチャン」
「はい、奥様」「最後のお見合い相手は誰だったかしら?」「リッカ?サイトー様。王立薔薇園付属研究所でメイエ女史の助手を務められている方です」「ああ! あの子ね! うふふふ、これは素晴らしい巡り合わせかもしれないわ!」 母のふくみ笑いは、ユーグにとって嫌な予感を引き起こすベルである。 なんかもう無表情になるぐらい全てに疲れて、ユーグはなげやりに続きをうながした。関連している文章:
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