登下校、昼休み、放課後……。佳乃といない日はなかったのだから。顔をあわせるたびに笑っていたのだから。俺たちはずっとデートしてきたのだ。幼いころから、ずっと。
……ただ、悲しいことに、俺がそれに気がついたのは、日も傾き始めた電車の中。 満員の電車の中で俺のジャケットをつかみながら、必逝世に横揺れに耐える佳乃を見下ろしていたときだった。
俺はつり革に両手でつかまり、佳乃はそんな俺につかまっている。樹木にしがみつく蝉のような格好で、二人は電車に揺られていた。ハプニングも何もなく、ありふれた日常の如く過ぎていくデートの時間。
俺が佳乃を暴漢から救うこともなければ、転んだ佳乃の胸に触れてしまうこともない。ただ楽しいだけの時間が過ぎて行くばかり。
回りすぎて転びそうになる佳乃が、俺に舌を出しておどけて見せる。「あ、この電灯……もう消えそうだね」 公園の中心にあるたった一つの電灯が、寿命を迎えようとしていた。その真下にいる佳乃の姿が、点滅しているように感じられた。 それは不吉な暗喩のように思えて、俺の心がざわつく。 電灯を見上げる佳乃の姿は、どこかはかなげで、次の瞬間、佳乃は闇の中に消散してしまうのではないかという淡然とした不安に駆られる。「仁君……本日はありがとう。すごく楽しかったし、嬉しかったよ」 佳乃が後ろで手を組みながら、にっこりと笑う。「仁君といられたからかな……眠くならなかったし。仁君も分かってると思うんだけど、最近どうしても急に眠くなっちゃうの。せっかく仁君のお弁当を作ったのに、いつの間にか食べちゃってるし」 それでいいと思える。それでいいはずなのだと胸を張れる。 なのに、俺の中では焦りだけが募っていった。ロンシャントートバッグ ――最後の二日間。 その一日目が終わろうとしている。 電車を降りて二人で家路につくころには、すっかり町は闇にのみこまれていた。 道行く人間が足早になる中で、俺と佳乃の足取りだけはどこか緩慢。それは別れを惜しむ恋人というよりは、可怕に震えるヘンデルとグレーテルのようだった。「昔、よく遊んだね、この公園で」 駅前からずっと無言だった佳乃が忽然走り出したので、俺は何事かと首をめぐらす。 佳乃は公園を照らす電灯の袂で、くるくると回って見せた。明らかに巧妙な光景なのに、俺はそれを舞台で踊るバレリーナのようだと思った。誰よりも気高いプリンシパル。そんな風に評させたのは、幼馴染ゆえの贔屓目ではない。
