宴?2
案内された部屋は十畳ほどの広さだった。小さな床の間、柱。古い木の香は築二百年を下らないことを教えてくれている。「なる……癒しの宿とは旨い表現だねえ」 ヒズミは小さく溜め息をついた。 中央に大きめの和机、二人分の座布団。隅に鏡台、少し赤茶けた畳。 窓からは雹雅山がはっきりと見てとれる。
「さすがに元名家だな。組子工芸など細かい所に手が込んでいる」 綾瀬も気に入ったようで、しきりにうなづいている。「――組子って?」「ああ、あの襖の上を見ろ、欄間飾りのことだ。ふむ、一重菱か。左は変形二重麻の葉、右は桔梗亀甲。材料は赤みの強い秋田杉と見たが」「……ふ?ん」 当時からするとかなり天井が高い。その天井と襖の間の欄間に装飾がほどこされている。まるで飾りのために天井を高くしたようだ。
そう考えるとこの先祖はかなりの趣味人で、本物志向の凝るタイプなのがわかる。「部屋の隅に置かれている細工の鏡台。あの指物も粋だ。知っているか、あれは釘が一本も使われていない。桑の上物で色気があるな。こういう職人気質の出来は今では望めん品を生む」「…………ふ?ん」 どうも今回の綾瀬は陽気で多弁の気がする。一生懸命仕事のプレッシャーを掃っているのかも知れない。
ヒズミは黙って机に事件の報告書を広げ、頬杖をついた。「羽角千寿…写真はかなり美人だね。趣味はお茶にお琴。落ちたとは言え名家の出らしい感じがある。性格は物静かで温和。恋人なし、無職。花嫁修業中に不審死か」 今時花嫁修業もないだろう。 そういえば少し長めの黒髪、一昔前に流行った少女マンガのようだ。
写真は本を大事そうに胸で抱いている姿だったが、どこで撮ったのか思いつめた感がある。軽いスナップ写真ではないらしい。 題名はあいにく手で隠れて読めないが、海老茶色の薄い本だった。「性格は温和。父亡き後、義理母と異母妹とも波風立った形跡なし、本件とは無関係だ」「……ということは実の親は亡くなっていて後妻さんと同居か。結構、家庭環境フクザツなのに関係なしって?」関連している文章:
Related articles: